バイオ
ビートルズ、キンクスで音楽に興味を持ち、ボブ・ディラン、セロニアス・モンク、チャーリー・ミンガス、マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーンの影響を受けて育つ。教員養成大学在学時、夜毎地元のジャズ・セッションに参加した。ニューカッスル・ビッグ・バンドにベーシストとして参加、1972年、スティングにとってはじめてのアルバム『Newcastle Big Band』をリリース。1974年ジャズ・ロックバンドラスト・イグジットを結成して活動していたところスチュワート・コープランドに誘われて1976年にロンドンで活動することを決め、ヘンリー(アンリ)・パドゥバーニと共にポリスを結成する。ポリス結成以前のライブなどで、蜂を連想させる黄色と黒の縞の上着を愛用していたことからスティング(sting=「ちくりと刺す」の意味)と呼ばれるようになった。その後、アンディー・サマーズが加わり4人編成となったが、ヘンリーが脱退しトリオとなる。
1985年、ソロ活動を本格的に開始。ジャズ・ミュージシャン(ケニー・カークランド、オマー・ハキム、ブランフォード・マルサリス他)を起用してアルバムを制作し、注目を浴びた。その最初のコンサート・ツアーの模様はフィルムに収めて公開(「ブルー・タートルの夢~ A Band Is Born」)されている。
1999年に発表した『ブラン・ニュー・デイ』は、第42回グラミー賞を2部門で受賞。他にも熱帯雨林の保護活動家、国際的な人権保護運動家の側面を持つ。
1994年には、宮崎シーガイアのCMに出演し、キャンペーンソング『Take me to the sunshine』を提供し、同施設のこけら落しライブも行っている。しかし、その後、来日時に受けた共同記者会見の席上で宮崎シーガイアが地域の自然を破壊し問題視されていると言う主旨の質問を記者より受け、急遽、CMを降板するに至る。
ベーシストとしても一流であり、ポリスのアンサンブルを語る上で欠かせないものである。アコースティックで培ったダイナミズムをエレクトリックに反映させた骨太の音で、時にはテクニカルにビートの隙間を縫うようなフレーズを歌いながら難なく弾きこなす。2005年にはベーシストとしてt.A.T.u.のセカンドアルバムにスポット参加している。また、ドラマーのヴィニー・カリウタなどとも共演している。
代表曲に「Every Breath You Take」(ポリス時代)、「Roxanne」(ポリス時代)、「Fields Of Gold」、「Fragile」、「Englishman In New York」、「Shape Of My Heart」(映画『レオン』主題歌)等がある。映画の主題歌や挿入歌に使用される事が多く、それらの一部を集めた、全17曲のアルバム「Sting At The Movies」(1997)がある。その後、同アルバムは、映画「阿修羅城の瞳」公開時に使用された「My Funny Valentine」を収録し、半分近くを差し替えた「My Funny Valentine At The Movies」(2005)へと更新されている。
編集者 takaem (2008年 04月 5日 00:40)
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