Sly & The Family Stone

ラジオ再生

5,633,423 回再生 (531,177 リスナー)

購入 @ Amazon | 着メロを携帯電話に送信
検索オプション
マイ ライブラリに追加
スライ&ザ・ファミリー・ストーン(Sly & The Family Stone)は、主として1967年から1975年にかけてサンフランシスコを本拠地として活動した、アメリカの人種性別混合ファンクロックバンド。

メンバー
スライ・ストーン(1944.3.15-) - ヴォーカル&キーボード&ハーモニカ。強烈なアフロヘア+もみあげにサングラス、キーボードを弾きながら歌う。
フレディ・ストーン(1946-) - ヴォーカル&ギター。スライの弟。
ローズ・ストーン(1945-) - ヴォーカル&キーボード。スライの妹。ロージーとも名乗る。
シンシア・ロビンソン(1946-) - ヴォーカル&トランペット。スライの高校時代の友人。のちスライとの間に私生児シルヴェットを生む。
ラリー・グレアム(1946.8.14-) - ヴォーカル&ベース。シンシアの親戚。1972年に脱退し、ラスティ・アレン(1953-、黒人)に替わる。
ジェリー・マルティーニ(1943-) - サックス。

グレッグ・エリコ(1949-) - ドラム。1971年に脱退し、1973年にアンディ・ニューマーク(1950-、白人)に替わる。
オリジナルメンバーでは、イタリア系の白人であるマルティーニとエリコを除く5人が黒人。
1972年から予備のサックス奏者としてパット・リッツォ(白人。イタリア系)が加わった。

デビューシングル」I Ain’t Got Nobody」をロードストーン・レコーズから出してヒットしたところ、CBSレコーズのクライヴ・デイヴィスが評判を聞きつけてアプローチしてきたため、CBSのエピック・レコーズと契約。1967年にファーストアルバム」A Whole New Thing」とシングル」Underdog」を出し、絶賛はされたものの、売り上げの面では失敗に終わった。その後、デイヴィスから「もっとポップな曲を」と要求されたため、渋々ながら出したシングルが1968年2月の」Dance to the Music」 だった。この曲はビルボード8位を記録し、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの名を初めて全米に轟かせた記念すべき曲となった。

1968年の暮れにシングル」Everyday People」をリリース。このバンドにとって初めてのナンバーワンヒットとなった。この曲はあらゆる偏見に対するプロテストソングであり、最も健全だった時期のスライ&ザ・ファミリー・ストーンの思想を代表している。1969年にはウッドストック・フェスティバルに出演し、愛と平和と人種統合の理想を背景に時代の寵児となった。同年、アルバム『スタンド!』 Stand! をリリース。300万枚を売り上げ、60年代にもっとも成功したアルバムのひとつとなる。

しかし、同じ頃すでにリーダーのスライ・ストーンは麻薬中毒に侵されていた。薬物の影響で人格に荒廃を来たしたスライは、仲の悪いラリーにバンドの主導権を乗っ取られるのではないかとの妄想に取り憑かれ、銃を振り回し、何度となく逮捕起訴され、コンサートで大幅な遅刻とキャンセルを繰り返した。1975年1月にはラジオシティ・ミュージックホールでの公演の大失敗(僅か8分の1しか客席が埋まらなかった)を機に、とうとう活動を停止した(ただし公式の解散は1981年)。バンドが崩壊しつつあった時期の最後の輝きともいえるアルバムが1971年11月の『暴動』 「There’s a Riot Goin’ On」で、一時期のスライとは似ても似つかぬ暗いトーンで仕上がっている。
もっと読む… 編集

一言コメント: 一言コメント316 件

このアーティストをシェア:

ベストアルバム

もっと見る

ベストトラック

1
1,197
2
1,044
3
961
4
793
5
683
6
544
7
393
8
355
9
290
10
277
11
274
12
266
13
240
14
229
15
224
Amazon MP3 で全トラック購入
もっと見る

一言ボックス

コメントを残す Last.fm にログインする今すぐ登録(無料)。
全 316 一言コメントを見る

動画

もっと見る

ただいま再生中

ベスト・リスナー

もっと見る

最近のアクティビティ

関連ブログ

もっと見る

詳細情報

リンク
バンドメンバー
レーベル
その他スペル