バイオ
活動当初のメンバーは前述の二人とアンドリュー・イネス、ロバート・ヤング。2006年現在、幾度かのメンバーチェンジを経てフェルトのキーボディストであったマーティン・ダフィー、ストーン・ローゼズのベーシストであったゲイリー・モンフィールド(マニ)、ドラマーにゲイリー・ムーアとの仕事で知られるダーリン・ムーニーを加えたラインナップとなった。またマイ・ブラッディ・ヴァレンタインのケヴィン・シールズがツアー・ギタリスト、プロデューサーとして加わっていたとこともあった。2006年のツアーではロバート・ヤングが参加せず、変わりにモリッシーのツアーギタリストも務めたこともある、リトル・バーリーのバーリー・カドガンがツアーに参加している。
1985年にシングル曲「オール・フォール・ダウン (All Fall Down)」をクリエイション・レコーズからリリースしてデビュー。しばしばスキャンダラスな話題を提供しながらも特に目立った活動停止期間もなくコンスタントに活動を続けている。
バンドはサイケデリックなサウンドから影響を受けていたと同時にMC5、ストゥージズ、そして1960年代のデトロイト・ガレージ・ロックからも大きな影響を受けていた。1989年、前述の要素に加えローリング・ストーンズに触発されたセカンド・アルバム 『プライマル・スクリーム (Primal Scream)』 をリリースした。この音楽性の劇的な変化はバンドにとって大きなリスクとなった。
1991年にリリースされた『スクリーマデリカ (Screamadelica)』は一躍、メインストリームにバンドの存在を知らしめる事になった。前作『プライマル・スクリーム』に収録されていた「アイム・ルージング・モア・ザン・アイル・エヴァー・ハヴ」はアンドリュー・ウェザオールによってリミックスされ、「ローデッド」として再収録された。この曲は当時のあらゆるクラブでプレイされ、ストーン・ローゼズの「フールズ・ゴールド」やハッピー・マンデーズの「ステップ・オン」と並んでマンチェスター・ムーブメントを代表する楽曲となった。
アルバム
ソニック・フラワー・グルーヴ - Sonic Flower Groove (1987年)
プライマル・スクリーム - Primal Scream (1989年)
スクリーマデリカ - Screamadelica (1991年)
ギブ・アウト・バット・ドント・ギブ・アップ - Give Out But Don’t Give Up (1994年)
ヴァニシング・ポイント - Vanishing Point (1997年)
エコー・デック - Echo Dek (1997年)
エクスターミネーター - Xtrmntr (2000年)
イービル・ヒート - Evil Heat (2002年)
ライオット・シティ・ブルース - Riot City Blues (2006年
編集者 takaem (2008年 03月 24日 00:19)
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