King Tubby

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 キング・タビー(King Tubby、本名オズボーン・ラドック(Osbourne Ruddock)、1941年1月28日 - 1989年2月6日)は、ジャマイカのサウンド・エンジニア、音楽プロデューサー。ダブの発明者として知られていて、1960年代から1970年代までのダブの発展は、ほとんど彼の影響を受けているものと見られている。
 
 1950年代、キング・タビーの音楽のキャリアは、キングストンの屋外の移動式ディスコであるサウンド・システムから始まる。彼はラジオ修理の技術に長けていたので、大手のサウンド・システムから引く手あまたであった。なぜなら、カリブ海の島の熱帯の気候では、屋外での機材はすぐに故障したためである(しばしばステレオセットの所有者の怠慢による故障もあったが)。キング・タビーは、機材なども自分の手作り特製で、当時のジャマイカの3分の2の機材は、タビーが作った物だと言われていた。

 1970年代に入ると、キング・タビーは自身のスタジオ、「キング・タビーズKing Tubby’s」の経営を始める。プロデューサーのバニー・リーと共に、アグロベーターズ(後のスライ&ロビーが在籍していた)をハウスバンドにした。彼のスタジオは原始的な2トラック、もしくは4トラックのミキシング機材しかなかったが、手に入るだけのエフェクターに電気技術的なあらゆる加工を施して、他の誰にもまねのできないを音を作った。1972年から74年の間には、リー・ペリーやオーガスタス・パブロといったプロデューサーもキング・タビーと仕事をして、ダブの名盤が数多く録音された。

 1970年代後半、キング・タビーは現場から離れ、フィリップ・スマート、プリンス・ジャミー(後にキング・ジャミー)やサイエンティストなど若い世代のエンジニアを教育した。その後、レコーディングの現場に復帰し、ファイヤーハウス・レーベルを立ち上げてダンスホール期にも積極的に対応したが、1989年2月6日、自宅の外で何者かによって射殺された。

 キング・タビーは、1989年2月6日にデュアニーパーク(Duhaney Park)の彼の自宅の外で、何者かに撃たれて殺された。彼は、ウォーターハウススタジオでセッションから戻るところだった。殺人は恐らく強盗が目的であったと言われている。
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