Killing Joke

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キリング・ジョーク (Killing Joke) は1978年結成のイギリスのポストパンクバンド。インダストリアル・ロックの先駆的存在であるほか、特に初期の音楽性は後のオルタナティブ・ロックにも影響を与えている。

1978年にロンドンでフロントマンのジャズ・コールマンを中心に結成される。翌年にEP Turn to Red をリリース、これがBBCのピール・セッションで取り上げられ、バンドはEGとの契約を結んだ。初期の音楽は厚いギターサウンドと激しいドラムビートの反復を特徴とするものだったが、1980年代を通して徐々にシンセサイザーをメインにすえた、一般的なニュー・ウェイヴ・サウンドに近づいてゆく。この路線では一部音楽マニアの支持を得たが、音楽チャート上に売れた曲は」Love Like Blood」ぐらいであった。 80年代の終わりにはメンバーの相次ぐ離脱で残ったのはジャズ・コールマン一人になってしまい一度解散してしまうが、1990年に再結成して『怒涛』をリリースした(このアルバムではドラマーとして元パブリック・イメージ・リミテッドのマーティン・アトキンスを迎えた)。その後、オリジナルメンバーであるユース(Youth)が復帰して、シンセサイザーの打ち込みとメタリックなギターサウンドによるラウドなサウンドで『パンデモニウム』『デモクラシー』の二作をリリースした。その後再び7年近い空白を経て、初期の音楽性を回帰するかのようなバンド的なサウンド作りへと方向を変えた作品『キリング・ジョーク』を発表したが、ユースが再度脱退している。2006年には『ホザンナ・フロム・ヘル』をリリースした。 2007年から2008年にかけては、各レーベルから再発盤を随時出していく予定である。

なお、ポール・レイヴン(Paul Raven)は1982年から最初の解散までと、『キリング・ジョーク』以降の作品でベースを担当していたが、2006年にミニストリーの活動に招かれ一時離脱。バンドには籍を置いていたものの2007年10月20日、46歳で死去した。死因は特定されていないが、心筋梗塞とみられている。バンドは公式サイトにて「我々は地球上、そして兄弟の中で最も愉快な男が何も言わずこの世を去ったことに深く傷ついている。レイヴンの面影を想像を絶する悲しみと共に感じている」とコメントした。

ジャズ・コールマンはピンク・フロイドの古くからのファンであり、またクラシックの素養があったので、ユースと共に『狂気 ピンク・フロイド・シンフォニック』なるピンク・フロイドの名曲をオーケストラにアレンジした作品を1995年に制作している。

キリング・ジョークは2006年のフジ・ロック・フェスティバル(7月30日、レッドマーキー)に参加するために来日している。前述の通りポール・レイヴンが離脱していたため、ニール・ブラウン(Kneill Brown)がベースを担当した。
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