バイオ
略歴
兄弟とのデュエット曲やバックボーカルとしての活動はあったものの、本格的に歌手の道を歩み始めたのは1982年、彼女が16歳のときである。A&Mレコードからファーストアルバムとなる『ヤング・ラブ』をリリースするが、商業的には不発であった。しかしそのアルバムからシングルカットされた楽曲「ヤング・ラブ(Young Love)」と「ギブ・ユア・ラブ・トゥ・ミー(Come Give Your Love To Me)」がヒット。前者はR&Bチャートの6位に届いた。続いてリリースされた「セイ・ユー・ドゥ(Say You Do)」もまた15位と健闘した。
1984年、セカンドアルバムとなる『ドリーム・ストリート』を発表。兄のマーロン(Marlon)から提供された、これまでよりもファンキーでアップテンポな楽曲でその音楽性に進展が見られたものの、商業的には不成功に終わった。一年後の1985年、日本企業とのタイアップで日本でのみ発売するための楽曲「Start Anew」を収録している。
1993年のアルバム『ジャネット(janet.)』からヴァージン・レコードに移籍。同作ではセクシーな表現が一層目立つようになり、マドンナと比較されることがある。同年『ポエティック・ジャスティス/愛するということ』(2パックと共演)で映画初出演。ゴールデンラズベリー賞最低新人俳優賞受賞。
1995年にはマイケルとのデュエット曲「スクリーム(Scream)」を発表。この曲はマイケルのアルバムに収録されたにもかかわらず、ジャム&ルイスなどジャネット側の制作陣が手がけ、人気・実力ともに兄を逆転したと言われた。
1997年、アルバム『ザ・ヴェルヴェット・ロープ(The Velvet Rope)』を発表。同性愛やSMやドメスティック・バイオレンスなど様々なテーマを取り上げ、セールス的には前作『ジャネット(janet.)』を下回ったものの、ファンの間では評価の高い作品となった。
2001年のアルバム『オール・フォー・ユー』は過去の作品に比べるとポップな内容が受け、日本では80万枚を超える自身最大のヒットとなった。
2004年2月、国民的ショーであるスーパーボウルのハーフタイムショーでジャスティン・ティンバーレイクとのデュエット中に片方の胸を露出する事件を起こし、激しい非難を浴びる。当初はハプニングを装っていたが、意図的な演出だったことを告白。生中継したテレビ局が罰金処分を受けたり、直後のグラミー賞やアカデミー賞の中継でハプニング防止策が取られるなど波紋は大きかった。
2007年、ヴァージン・レコードとの契約を更新せず、同じくヴァージンを去ったジャーメイン・デュプリを追いかける形でアイランド・レコード(ユニヴァーサル・ミュージック・グループ)に移籍した。また、2007年10月に米国で公開された映画『Why Did I Get Married?』に主役級で出演している。
2008年3月、アルバムDiscipline(ディシプリン)を発売。ビルボードHOT200では『オール・フォー・ユー』以来の1位を獲得した。
編集者 takaem (2008年 04月 5日 02:04)
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