バイオ
1971 年、イングランド南東部に位置するサセックス地方の町チチェスターに生まれる。
1977 年にはアムステルダムに、さらに10 才の頃にはカリフォルニアのサン・ホセに移住。80 年代初めに相次いで登場したカルチャー・クラブのボーイ・ジョージやソフト・セルのマーク・アーモンドといった英国のシンガーを知り、そのジェンダーを越えた中性的な魅力に強い影響を受ける。地元の大学に進学した10 代の終わり頃には、ジョン・ウォーターズの映画を元にした舞台劇を演出する。
1990 年、ニューヨークに移り、NYU の実験演劇コースに入学。サンフランシスコのヒッピー文化とゲイ解放運動が結びついた異色の演劇集団、コケッツの中心メンバーのひとりだったマーティン・ウォーマンに出会う。
1992 年の夏には、ジョアンナ・コンスタンティンらと共に前衛的なパフォーマンス・グループ、ブラックリップスを結成。イースト・ヴィレッジのピラミッド・シアターで毎週月曜日の夜に定期公演を行い、NY のアンダーグラウンドなクラブシーンで注目を集める。
1995年にブラックリップスが解散した後は、演劇性を残しつつもより音楽に傾斜した新たなグループ、アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズを率いて活動。
2000 年、カレント93 のデヴィッド・チベットが運営するUK のレーベル、デュルトロより、セルフタイトルのデビュー・アルバムを発表。さらに、翌2001 年にリリースしたEP『I Fell in Love With a Dead Boy』がプロデューサーのハル・ウィルナーの目に留まり、ウィルナーを通じてルー・リードにも紹介される。
2003 年、リードの世界ツアーでバッキング・ヴォーカルに抜擢され、アルバムの録音にも参加。
2005 年、アメリカではシークレットリー・カナディアン、ヨーロッパではラフ・トレードより、セカンド・アルバム『アイ・アム・ア・バード・ナウ』をリリース。同作により、英国最高の音楽賞とされるマーキュリー・プライズを受賞。MOJO 誌の「アルバム・オブ・ジ・イヤー」にも選出された。
2009 年1 月、敬愛する日本の舞踏家、大野一雄の写真をジャケットに配したサード・アルバム『クライング・ライト』を発表。ビルボードのヨーロッパ・チャートで1 位を記録する。ビョークとルー・リードの他にも、ルーファス・ウェインライト、ブライアン・フェリー、マリアンヌ・フェイスフル、Hercules and Love Affair 、マシュー・ハーバート、ヨーコ・オノ、ローリー・アンダーソン等々、様々なアーティストとコラボレーションを行っている。
編集者 noik27 (2010年 10月 28日 08:44)
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